【ベビーパウダー(タルク)とアスベスト被害】日本では宝石加工業作業者や元看護師などが中皮腫・肺がん等で労災認定

更新日:2020年10月31日

公開日:2019年8月23日

タルクと用途・発がん性

タルクは「滑石」とも呼ばれる白い石で、最もやわらかい鉱物です。主な原産地は中国やインド、パキスタンです。一般的には原石を粉砕、微細な粉にして産業用として使用することが多くあります。プラスチック、塗料、ゴム製造、製紙、食品、農薬・医療品製造、化粧品製造など多くの分野で利用されています。また、ベビーパウダーや「おしろい」は、タルクそのものであり、白い色をしているので顔料などにも使用されます。

過去、多くの医療現場において、ゴム手袋等をガス滅菌し再利用もされていました。不純物としてタルクの中にアスベストが混入されていた時期が日本にもありました。滑石と類似する「ろう石」は、「石筆」の原料でもありますが、これにもタルクが不純物として入っていたいた可能性が指摘されています。タルクそのものは発がん性物質ではありませんが、精製後もアスベストが混入したままとなっていたことが問題となりました。

出典:日本タルク株式会社 タルクとは

ベビーパウダー・タルク由来のアスベスト被害と世界の動き

2019年3月に、アメリカ・オークランドの州地裁陪審が、中皮腫に罹患した男性が米・ジョンソン・エンド・ジョンソン(J&J)のベビーパウダーの原料タルク(滑石)にアスベストが含有していたことが原因だとして訴えた訴訟で、約2900万ドル(約32億3200万円)の賠償義務を認定されたとの報道がありました。

同報道によれば、ベビーパウダーの石綿被害をめぐってJ&Jの敗訴は7件目とされています。なお、ベビーパウダーによって中皮腫や卵巣がんを引き起こされたとする同種の訴訟が1万3000件にのぼっているというものです。

これら訴訟の中でJ&J社が1970年代の前半から同社製品に使用するタルクの中にアスベストが含有していることを確認していたことが明らかとなっています。米国では、クレヨン、メーキャップ、子供用玩具などにアスベストが含有のタルクが使用されているとの報告もあり、2017年や2019年には子供用メーキャップを含む化粧用製品をリコールする動きもありました。

ジョンソン・エンド・ジョンソン(J&J)が製品にアスベスト含有で自主回収 中皮腫や「卵巣がん」の石綿被害をめぐる訴訟にも影響か、なども参考にしてください。

日本でのベビーパウダー・タルク由来のアスベスト労災認定

時計用宝石加工作業者

日本でも、ベビーパウダー(タルク)をめぐる被害が明らかになり、労災認定も出ています。1993年に36歳の若さで亡くなった夫の中皮腫発症の原因が、東京都足立区の勤務先の時計用宝石加工作業によるものとして、足立労働基準監督署が認定しています。時計の軸に使用する人工ルビー同士がくっつかないようベビーパウダーを「打ち粉」として使っており、「振りかけたり、はたいたり、床に落ちたのを掃除したり。閉め切った部屋で7~8人が一日中ベビーパウダーを使って仕事」をしたといいます。

看護師等の医療従事者

2012年には元准看護師の女性が、医療用ゴム手袋の再利用のために使っていたタルクにアスベスト(石綿)が混入しており、それを吸い込んだために中皮腫を発症したとして労災認定されています。

また、上記の労災認定に続いて、2013年には東大阪市の元看護師の女性も同様の仕事をしており労災認定されています。報道によれば、約12年間「タルクをまぶす作業は、手術室と中央材料室で、勤務日はほぼ毎日行ったといい、院内の全部署から集まるゴム手袋すべてを担当したという。作業場は常に白く煙のような粉がもうもうと立ちこめていた」とされています。

これらの労災認定を受けて、日本看護協会もお知らせをホームページで周知しています。

7月24日、山口県の准看護師が中皮腫を発症したのは、1981年~86年に医療用ゴム手袋を再利用するため、アスベスト(石綿)を含む粉(タルク)を使った作業をしたのが原因として、山口労働基準監督署が労災認定しました。
ゴム手袋等の再利用のために、アスベスト(石綿)が含まれる粉(タルク)を利用することは、1980年代まで一般的に行われていました。
現在は、アスベスト0.1%以上含むタルクの製造や使用は禁止されています。

みなさんの職場でも、タルクが原因となった中皮腫の発症とその労災認定について情報共有を行ってください。

出典:公益社団法人 日本看護協会 手術用手袋再利用のためのタルク吸入で労災認定

2020年6月には、79歳の元看護師の女性の被害も確認されました。この女性は、1961年から1987年にかけて1日あたり100枚ほどの医療用ゴム手袋を再利用する作業を担当するなどしていました。手袋の滅菌消毒後、打ち粉であるタルクをまぶす作業をしていた際にアスベストばく露したと考えられています。

タルクとゴム手袋(写真はイメージであり、アスベストは含有されていません)

タイヤ・ゴム関連作業者

タイヤ製造大手の「住友ゴム工業」をはじめとして、タイヤ・ゴム関連の会社でも多くのアスベスト被害がでています。詳しくは、【タイヤ・ゴム関連業におけるアスベスト(石綿)含有のタルクによる被害で中皮腫や肺がんを発症】労災・団体交渉・裁判をめぐる動きをご確認ください。

製薬会社元労働者

札幌市に在住のAさんは2019年2月に悪性胸膜中皮腫を発症しました。当時80代半ば。Aさんを診察していた主治医から「原因がわからない患者さんがいる」との相談を受けて、まずはお会いしに行きました。話を聞くと、1972年(S47)3月22日~1972年(S47)8月20日にかけて札幌市内の医薬品製造業の会社に薬剤師の助手として勤務していた際、医薬品製造の補助業務に従事し、原材料の加工の際にゴム手袋を使用していたことがわかりました。つまり、ゴム手袋にアスベスト含有のタルクが付いていた可能性がありました。

2019年6月に札幌中央労働基準監督署へ労災請求をし、労働基準監督署から会社への照会に対しても、「昭和47年当時、現在使われているパウダーフリーの手袋はないと思われ作業員がタルク付きのゴム手袋を着用していたと思われます」との会社回答がありました。しかしAさんのアスベストばく露が明瞭でないこと、石綿ばく露期間が5ヶ月と短かったこと(労災認定基準は石綿ばく露1年)から厚生労働省に設置されている専門家会議(石綿に係る疾病の業務上外に関する検討会)での本省協議を経て、業務上疾病として認定されました。

本省協議では、「被災労働者は、昭和47年3月から昭和47年8月まで医薬品製造の補助作業に従事していた。当該期間においては、タルク付きの手袋を着用し、詳細不明の薬の材料となる固まりを削る作業等に従事していたことが認められており、また、提出された医証からは、石灰化したプラークが認められている。したがって、石綿ばく露は作業の従事期間は1年に満たないものの、職場内において手袋のタルク以外にも高濃度の石綿粉じんにばく露していた蓋然性が高く、かつ、提出された医証からは、中皮腫を発症していることが認められることから、業務における石綿ばく露により、中皮腫を発症したものと認められる」と判断されています。2020年3月に労災認定となりましたが、残念ながらAさんは2019年10月に他界されていました。Aさんの労災認定は、次のような意味があります。

①道内初のタルク経由のアスベスト被害

これまでの労災認定事例でタルクが関係しているものは43件(2018年度認定分まで)です。北海道ではこれまでに認定事例がありませんでしたので、初めてのケースとなります。また、このうち製薬会社勤務者では大正製薬(株)大宮工場、日本薬品工業(株)茨城工場の2件のみです。

②アスベスト含有タクルの危険性を改めて確認

薬剤には現在でもタルクを使用するものがありますが(アスベストの含有は今日は無いと考えられる)、古くから医薬品にも使用されてきました。これ以外にもベビーパウダー、塗料、充填剤、剥離剤など多岐にわたります。米国ではJ&J社に対して、ベビーパウダーにアスベストが含有していたために中皮腫等を発症したとする患者との係争が続いています。日本にもこのような流れの余波が今後くる可能性があります。

③労災認定基準の1年を下回る「5ヶ月」での認定

中皮腫の労災認定の基準では、石綿ばく露作業従事期間1年以上」の定めがあります。本件被災者の石綿ばく露は5ヶ月でした。個々の状況はもちろん違いますが、2018年4月11日には名古屋高裁で、学校教職員だった男性が中皮腫に罹患し、労災補償での支給が認められなかった事案(名古屋東労働基準監督署事案)について労災不支給とした原処分を取り消す判決がありました(のち、国は上告せず判決確定)。判決では、「わが国の中皮腫の労災認定基準において、仮に、厚生労働省との協議とするか否かを区切る基準としてばく露期間の要件を設定する必要があるとしても、それはせいぜい2、3か月程度を限度とするべきであると考えられる」との判断を示しています。すなわち、現在の認定基準が石綿ばく露1年とされていますが、司法レベルでは科学的に根拠がないこと、海外では「数週間」という基準もあることに照らして現行基準を真っ向から否定しています。今回の事例からも現行の労災認定基準の見直しを早急に図る必要があると言えます。

アスベスト含有タルク関連の労災認定事業場一覧

労災保険制度ではタルクに関連して次のような事業所で認定者が出ています。

                       厚生労働省発表の石綿労災事業場をもとに作成

アスベスト含有タルクと法規制

厚生省は1975年9月に労働安全衛生法および特定化学物質等障害予防規則の改正により、重量あたり5パーセントを超えるアスベストが含有する製品の譲渡・提供をする場合にラベル表示をする義務を事業者に課し、特定化学物質等障害予防規則の適用対象ともしました。

厚生省は1987年11月6日付で昭和62年11月6日薬審二第1589号各都道府県衛生主管部(局)長あて厚生省薬務局審査第二課長通知「ベビーパウダーの品質確保について」を出し、ベビーパウダーに用いられるタルク中のアスベストの分析法、非アスベスト混入タルクの確認・使用の規定などを業界団体等に定めています。

1995年4月1日に施行された「労働安全衛生規則及び特定化学物質等障害予防規則の一部を改正する省令」によって、安衛則及び特化則の規制対象となる石綿含有物の範囲を含有量が5%を超えるものから他の特化則規制対象発がん物質にあわせて1%を超えるものに拡大されています。それ以前、1975年9月の労働安全衛生法および特化則改正からの期間については「石綿をその重量の5%を超えて含有する製品」のみが規制の対象だったために、石綿ばく露量が相対的に高かったと言えます。

厚生労働省は2006年10月16日付で都道府県労働局長あて厚生労働省労働基準局監督課長安全衛生部化学物質対策課長通知「石綿を含有する粉状のタルクの製造、輸入、譲渡、提供又は使用の禁止の徹底について」によって、同年9月1日から労働安全衛生法施行令等の改正により、石綿をその重量の0.1%を超えて含有する製剤その他の物の製造、輸入、譲渡、提供又は使用することを禁止されているところ、徹底する旨の指導通知が出されています。また、同様の趣旨で全国タルク協議会会長、社団法人日本化学工業協会会長、社団法人日本化学工業品輸入協会会長、日本化粧品工業連合会会長、日本製紙連合会会長、日本製薬団体連合会会長、社団法人日本セラミックス協会会長、社団法人日本塗料工業会会長、農薬工業会会長らに対して「石綿を含有する粉状のタルクの製造、輸入、譲渡、提供又は使用の禁止の徹底について」の通知が発出されています。

アスベスト含有タルク規制の実効性は不明

上述したように、日本では法規制がされてきた経過がありますが、問題は「調べ方」にあります。

米国のタルク関連業界では1976年から、医薬品・化粧品等に含まれているタルクにアスベストが含まれていないことを確認するのに、X線回折法あるいは赤外分光法を使用してきました。そのことでタルクの中に角閃石ないしは蛇紋石鉱物が確認された場合には、加えて偏光顕微鏡を用いる標準検査方法を採用してきています。一方、日本の手法はX線回折法だけによるものです。

米連邦食品医薬品局(FDA)は2020年1月、「タルク・タルク含有化粧品中のアスベスト検査方法に関する予備的勧告」において、米国タルク業界のこれまでの分析手法に疑問を投げかけています。

X線回折法では、検出に限界があることは専門家の間では周知の事実であり、現在までに厚生労働省が示してきた分析方法が安全性を十分に担保できたものとは言い切れません。今もなお、米国の政府機関が透過型電子顕微鏡を用いた標準的な手法確立を目標としています。

原因がわからない中皮腫や肺がんの方

治療中の中皮腫・肺がん患者さんやご家族の中に、「原因がよくわからないんです」という方々がおられます。じっくりお話を伺うと、原因がある程度判別でき、労災認定や救済制度での認定に結びつく方も決して少なくありません。そのような方は、まずご相談ください。

アスベスト労災救済相談フォーム

参考

BLOOMberg 米J&Jに32億円賠償義務と陪審が認定-ベビーパウダー訴訟で

全国労働安全衛生センター連絡会議 アスベスト混入タルク・ベビーパウダー問題:米国における経緯/タルクの隠れた危険性:Asbestos.com 2020.5.26

DIAMOND online ベビーパウダーも危ない! アスベスト被害急増の恐怖

>2012年8月28日、「防府の元准看護師、労災認定 医療用手袋再利用で中皮腫」中国新聞

>2013年5月27日、大島秀利「アスベスト:元看護師、中皮腫死労災認定 手袋再利用時に石綿--東大阪」毎日新聞(夕)

2020年6月4日、「ゴム手袋滅菌作業でアスベスト吸引 福岡の元看護師の労災認定」毎日新聞

日本タルク株式会社 当社のアスベスト(石綿)問題への対応

全国労働安全衛生センター連絡会議 日本の分析方法もあてにならず、アスベストを含有したタルクが使用されているかもしれない