中皮腫サポートキャラバン隊(右田孝雄・福神大樹・鈴木江郎)
目次
調査の概要、取組の背景・動機
中皮腫の原因はそのほとんどが石綿(アスベスト)ばく露と言われており、我が国では1960年代~1990年代に石綿を大量に輸入・使用したことで多くの労働者や住民は石綿ばく露した。そして中皮腫は発症までに約40年の潜伏期間があり、そのことを踏まえると、2000年代~2030年代は中皮腫患者が多く発症する可能性が考えられる。なお、全面使用禁止は2006年であり、現在も多くの既存建物には石綿が使用されているために、石綿の飛散や石綿ばく露の危険性は未だ解決されていない問題として存在している。
一方で中皮腫は希少がんとして治療法の開発が他の癌と比較して遅く、治療法の選択が限られている。また中皮腫患者はその希少性から同一疾患の患者と会う機会も少なく、精神的に孤立しやすい状況と言える。また今まで定年を迎えた患者が多かったが、近年30歳代~50歳代(以下、現役世代)の中皮腫患者の相談も増えており、中皮腫という同じ希少がんを発症した患者同士が互いに励まし、支え合う“ピアサポート活動”の重要性・必要性は高まっている。
また石綿ばく露の経緯が不明とされる中皮腫患者が増えており、労働災害と認められず、石綿健康被害救済制度*1(以下、救済給付)の支給を受けている患者も存在している。しかし救済給付は給付水準が低額なため、現役世代の患者にとっては経済的な困窮も発生している。そこで、本調査は石綿ばく露の経緯が不明とされた中皮腫患者の石綿ばく露について聴き取り調査をして石綿ばく露の原因を追究する。
調査/分析の手法、実施経過
調査手法として中皮腫サポートキャラバン隊(以下、キャラバン隊)のメンバーが、中皮腫患者に会いに行き、現在の治療内容、生活面、精神的なケア、患者の要望、石綿ばく露の原因を質問票を用いて半構造化面接で聴取していく。質問票は100人の中皮腫患者から回答を得ることを目標にし、以下の分類に応じて45項目184個の質問を設けた。
(1)回答者について
性別、年代、居住地(都道府県)、中皮腫の種類と病期
(2)治療内容について
手術、抗がん剤、放射線治療などの作用や副作用、通院頻度
(3)自覚症状から現在までの経過について
医療機関の初診、確定診断の時期、各種の検査、セカンドオピニオンの有無
(4)療養生活の状況について
就労の状況、収入の変化、労災保険や救済給付の手続きの重要度と満足度
(5)石綿ばく露の機会について
職歴、石綿ばく露の自覚の有無
(6)治療段階別の気持ちの変化について
確定診断前後、手術、抗がん剤治療、放射線治療、経過観察、緩和ケア
そして以下の会場で講演会等を開催し、参加した中皮腫患者に調査を行った。
札幌(9/8)、室蘭(9/14)、函館(9/15)、釧路(9/21)、旭川(9/27)、北見(9/28)、青森(7/27)、盛岡(7/28)、仙台(10/6)、秋田(10/5)、山形(8/3)、福島(8/4)、宇都宮(10/19)、東京(8/17)、新潟(6/29)、富山(4/14)、金沢(9/15)、静岡(4/5)、名古屋(6/15)、大阪(6/4)、米子(7/7)、岡山(6/30)、福岡(10/13)、佐賀(10/27)、長崎(11/10)、熊本(11/16)、鹿児島(11/17)、沖縄(1/25)。また東京、横浜、さいたま、名古屋、大阪、兵庫、福岡の地域では、毎月、中皮腫患者の交流会を行っており、交流会に参加した中皮腫患者に調査を行った。
調査の結果、分析と考察
本調査の回答数は88回答であった。回答者の内訳は性別:男性65名、女性23名、年代:10歳代1名、20歳代2名、30歳代1名、40歳代6名、50歳代18名、60歳代28名、70歳代26名、80歳代6名、居住地域:北海道10名、東北地方2名、関東地方22名、中部地方21名、関西地方15名、中国地方7名、九州・沖縄地方11名、発生部位:胸膜中皮腫74名、腹膜中皮腫14名であった。
本調査の全体的な総括で以下の傾向が確認された。
①確定診断を受ける機会となった自覚症状と初診までの平均日数の比較では疼痛や圧迫感や咳の自覚症状は平均10日弱で医療機関に受診していたが、息苦しさや健康診断の異常指摘から受診までは平均40日間もかかっており、受診までの要した日数で顕著な違いがあり、息苦しさや健康診断の異常指摘だけでは当人の健康障害に危機意識が抱きにくい現状が考えられる。
②抗がん剤と免疫チェックポイント阻害剤の副作用の身体的負担では多くの副作用の項目で抗がん剤の方が免疫チェックポイント阻害剤より約2倍の身体的負担が発生していた。しかし“皮膚のかゆみ・乾燥”の副作用に関しては免疫チェックポイント阻害剤が抗がん剤を上回っていた。そして24名(27%)がオプジーボの投与を受けており、新薬を切望する患者の実情を反映していると考えられる。
③治療や日常生活における患者の意欲や不安の程度では、治療や病気の進行などの今後の見通しや新しい治療に対する関心が高く、社会生活や日常生活への関心は低かった。これは社会復帰や日常生活よりも治療を優先すること、治療法の少なさからの命の危機に直面している現状が考えられる。
④経済状況の変化と生活の困窮では、年間の世帯の収支合計が発症前に比べて200万円以上も減額になった患者が24名(27%)もおり、その内20名は経済的困窮を自覚しているという回答であった。さらに世代別に分類すると40歳代(困窮あり4名、困窮なし1名)、50歳代(困窮あり13名、困窮なし1名)、60歳代(困窮あり14名、困窮なし10名)、70・80歳代(困窮あり4名、困窮なし15名)と年代によっても大きな違いが生じた。
これは40歳代、50歳代の患者は中皮腫発症によりこれまで同様の仕事は続けられなくなるが、治療にかかる諸費用、教育費などの支出が避けられないことが考えられる。さらに平均約40年の潜伏期間という中皮腫の特性を考えると石綿ばく露の原因が特定できないケースが多い。したがって労働災害とはみなされず、労災保険制度は利用できず、救済給付の給付に留まっている事も困窮の自覚の原因であると考えられる。
救済給付を実施している(独)環境再生保全機構が行った調査では療養手当(103,870円/月)の支給額の妥当性を問いている。その回答では「妥当だと思う25.0%」「わからない/どちらともいえない53.2%」「妥当とはいえない20.5%」と結果が出ている*2。しかしこの質問は年代別に集計はされておらず、本調査で明らかになった世代別の収支状況の大きな格差を踏まえ、療養手当の妥当性について、実態に応じた細やかな設計が国に求められる。
⑤医師、ソーシャルワーカーやがん相談支援センターの相談員との面談の際に石綿ばく露作業の聴取、労災保険制度と救済給付の紹介、制度の窓口への橋渡しなどの対応が、中皮腫患者が利用する制度に大きく影響していることが明らかになった。
まず医師から情報提供があった場合は労災保険制度の利用者が75.0%、救済給付は25.0%に対して情報提供がなかった場合は労災保険制度の利用者が43.8%、救済給付53.1%、未申請3.1%となった。
ソーシャルワーカーやがん相談支援センターでの面談では情報提供があった場合は労災保険制度の利用者は73.3%、救済給付26.7%に対して情報提供がなかった場合の利用者は労災保険制度53.3%、救済給付56.7%であった。
つまり医師やソーシャルワーカーなどから石綿ばく露作業などの石綿ばく露作業などに関する情報提供がある場合、労災保険制度に結びつきやすく、情報提供がない場合は救済給付に留まってしまう傾向が表れた。
また保健医療機関から労災保険制度や救済給付の説明を受けていない患者も33名(37.5%)を占めており、保健医療機関が石綿関連情報を正確に患者に提供できる支援体制の構築が求められる。
⑥治療の経過に伴う心理的変化の質問では、以下の通りの回答であった。まず中皮腫の確定診断前後の気持ちとしては「病気への恐れ」「将来への不安や悲観」「アスベストへの無自覚・無関心」「家族への申し訳なさ・気遣い」「診療体制への憤慨」など将来を見通せない不安な気持ちがあり、治療を始めていくと「治療への苦痛・落ち込み」「効果が見えないもどかしさ」「病気と対峙する覚悟・祈り」「医療従事者への信頼や家族への感謝」という病気を受けとめ向き合っていく気持ちに変遷していく。
そして治療を継続し経過観察する段階では「がん患者として社会貢献できる役割の発見」「普通に過ごせる喜び」という前向きな気持ちへの変化がある一方で、「自分の置かれている状況に絶望」「医療従事者への不信」など治療効果が表れない事へのやるせない気持ちに割れている事が見えてきた。
⑦石綿ばく露の実態では、労災保険制度が適用された方は仕事での石綿ばく露について具体的な記入が多かったことに反し、救済給付に留まっている方の石綿ばく露状況は空欄のままが多かった。本調査の目的として「石綿ばく露の経緯不明」で救済給付に留まっている患者の石綿ばく露の実態を明らかにしていく事であったが、今回の調査ではそれを掘り下げて明らかにすることは出来ず、今後の課題として検討が必要と判断した。
今後の展望
本調査は88回答で集計、分析を行ったが、今後の目標では100回答が集まった時点で改めて集計、分析を行いたい。そして我々が運営しているWEBサイト等で発表し、患者同士のピアサポート活動や情報共有、今後の療養生活に役立ててもらう予定である。
また「日本石綿・中皮腫学会」などの医学学会でも調査結果を発表して、中皮腫の専門医等の医療従事者に対して患者が置かれている実態について深く周知、診療の質の向上に繋げたい。そしてキャラバン隊メンバーである右田と渡辺両2名が日本肺がん学会の中皮腫ガイドライン作成委員会に委員として本調査で明らかになった問題点をガイドラインに反映させていく方針である。
そして本調査結果で明らかになった現状の問題点を厚生労働省、環境省に提示して、制度の改善を要求していくことも念頭に置く。
本調査はこれで終了ではなく、2020年度も継続的に調査を行い、本調査で明らかになった現状をより詳細に掘り下げることを考える。具体的には治療に対する副作用の症状だけではなく、合併症や併発症の有無や中皮腫発症後の経済状況について、収入額や支出の内訳(通院費、介護費、保険外治療費、食費、教育費、生活費など)などを明らかにする。
また本調査では明らかに出来なかった石綿ばく露の経緯の不明者には具体的な例示(学校の石綿吹付、ベビーパウダー他)を行うことで、「石綿ばく露の経緯」の掘り起こしを進める。
我々、中皮腫サポートキャラバン隊はその名の通り、中皮腫患者をサポートしていく取り組みを今後も続けていく。
(*)この中皮腫患者アンケート調査は2019年度の高木仁三郎市民科学基金の助成金を得て実施した調査です。
*1:石綿健康被害救済制度は、石綿による健康被害の特殊性に鑑み、石綿による健康被害を受けられた方及びそのご遺族の方で、労災補償等の対象とならない方に対し迅速な救済を図ることを目的として『石綿による健康被害の救済に関する法律』に基づき創設された(https://www.erca.go.jp/asbestos/what/shien/kyusai.html)。
*2:(独)環境再生保全機構による「令和元年度石綿健康被害救済制度における制度利用アンケート集計結果報告書」
(https://www.erca.go.jp/asbestos/chousa/pdf/survey_r01.pdf)