環境ばく露の中皮腫・アスベスト疾患の民事・国家賠償裁判

公開日:2020年5月7日

これまでに中皮腫を罹患された方やそのご家族が、多くの裁判を起こされています。その中心は労働環境に身をおいた関係で石綿ばく露をし、石綿疾患を発症して労災認定された方々が企業や国に対して損害賠償を求めるものです。しかし、一部には、非職業性の石綿ばく露によって中皮腫などの石綿疾患を罹患された方も裁判を起こされています。

家庭内アスベストばく露をめぐる中皮腫被害の損害賠償請求事件

被災者は信用金庫・出版社、互助会組織、メーカーなどに勤務して経理事務などの業務に従事していました。これらの職歴上に石綿ばく露はなく、被災者の父が勤務していた石綿セメント製造会社のエタニットパイプ(現・リソルホールディングス)に勤務していた父親が自宅に持ち帰ってきた防じんマスクや作業着からばく露し、中皮腫を罹患した原告側が主張した事例です。

2004年、東京地裁は間接ばく露があったとしても石綿ばく露は微量であり、当時、会社に家庭内ばく露に関するアスベスト被害についての予見可能性があったとは認められないとして原告の請求を退けました。2005年の二審・東京高裁判決も一審判決を維持して原告の請求は退けられました。原告は最高裁に上告しましたが受理されず、敗訴が確定しています。この判決については、専門家からばく露濃度と健康被害の関係についての因果関係の判断についての批判も出されています。

工場周辺環境でのアスベストばく露をめぐる中皮腫被害の損害賠償請求事件

兵庫県尼崎市のクボタ・旧神崎工場周辺に居住ないしは勤務していたことが原因で中皮腫に罹患した2名の遺族が会社と国に賠償を求めました。

2012年に神戸地裁は工場から約200メートルの距離の別会社の工場で働いていた被災者1名の被害と工場から排出された石綿粉じんの因果関係を認め賠償を命じました。一方で、工場から約1キロ離れた場所に居住していた被災者については、別に居住していた大坂・西成区にも石綿関連工場があったことからクボタ旧神崎工場から悲惨した石綿ばく露とは特定できないとしました。なお、国の責任については2名が石綿にばく露したと考えられる1974年以前に被害を防止する立法を怠った違法はないとの判断をしました。

2014年の大阪高裁判決も一審判決を維持(遅延損害金については、訴状の送達の翌日から被災者の死亡日に変更)し、2015年に原告とクボタの上告を最高裁が退けて判決が確定しました。

工場に出入りしていた工場労働者の家族のアスベストばく露をめぐる石綿肺・びまん性胸膜肥厚被害の損害賠償請求事件

被災者はいわゆる、「泉南アスベスト国家賠償請求訴訟」における原告で、両親も同地域の石綿工場に勤務して石綿関連疾患を発症しました。被災者は幼少時に母親に石綿工場に連れて行かされ養育されていたことで石綿肺およびびまん性胸膜肥厚を発症したとして、2006年に国に賠償を求めて提訴しました。

2010年に大阪地裁は、被災者の所見自体を自体を否定し、国に環境関係法における規制権限の不行使や立法の不作為の責任があったとは認めず請求を退けられました。2011年の大阪高裁も原判決を維持、最高裁も被災者本人の被害に関する請求については上告を退け敗訴が確定しました。

工場近隣住民のアスベストばく露をめぐる石綿肺被害の損害賠償請求事件

被災者もいわゆる、「泉南アスベスト国家賠償請求訴訟」における原告で、泉南地域にあった三菱マテリアル建材の工場に隣接した畑で農作業に従事し、石綿肺を発症したとして遺族が2006年に国に賠償を求めて提訴しました。

2010年に大阪地裁は、被災者の所見自体を自体を否定し、上記と同様に国に環境関係法における規制権限の不行使や立法の不作為の責任を認めずに請求を退けました。2011年の大阪高裁も原判決を維持、最高裁も被災者の遺族の請求については上告を退け敗訴が確定しました。

非職業性ばく露に関する司法判断の状況

上述のとおり、これまでに非職業性ばく露に関する司法判断はいくつか出されていますが、被災者の請求が認定されたのは非常に限定的です。中皮腫のおおよそ8割が職業性ばく露とされていますが、それ以外の被害者がいることも事実であり、同じアスベスト被害である以上、救済・補償のあり方に大きな格差が生じてしまっていることは問題が大きいと言えます。この格差は今後、司法の場に限定されない形で改善が求められます。

参考

大坂恵理「アスベスト家庭内曝露と不法行為責任:日本とアメリカの事例」『東洋法学』第54巻第1号

日本経済新聞(2012年8月7日)「石綿訴訟、クボタに賠償命令 住民被害初めて認定」

日本経済新聞(2014年3月7日)「二審もクボタに賠償命令 工場周辺勤務の石綿被害で大阪高裁」

日本経済新聞(2015年2月19日)「クボタへの賠償命令が確定 尼崎石綿訴訟」

大阪アスベスト弁護団 泉南1陣・大阪地裁判決要旨(2010年5月19日)

・外井浩志(2019)『アスベスト(石綿)裁判と損害賠償の判例集成』とりい書房