中皮腫でアスベスト(石綿)救済制度が不認定(給付せず)となり、のちに「認定」となった事例
更新日:2020年11月8日
公開日:2020年10月11日
アスベスト健康被害による腹膜中皮腫に罹患したAさんが、救済制度による認定申請をしたところ、不認定とされました(途中、Aさんが他界して遺族が申請)。遺族は、審査請求機関である公害健康被害補償不服審査会に申し立てをおこなったところ、原処分見直しの決定を受けて「認定」となった事例を紹介します。
目次
アスベスト救済制度で腹膜中皮腫の判定を否定されたAさんの事案概要
2008年3月10日に腹膜中皮腫で死亡したAさん(千葉県)が、アスベストによる健康被害が原因として独立行政法人環境再生保全機構へ石綿救済制度へ申請しました。のち、同年7月にAさんが逝去されたことを受け、Aさんのご遺族が申請を引き継ぐことになりました。
しかし同年9月8日付けで、審査にあたった独立行政法人環境再生保全機構からは、提出された放射線画像や細胞診標本などの資料を総合的に判断したところ、「中皮腫ではない」との理由で石綿健康被害救済制度に定める指定疾病に該当しないとの理由で不認定の通知が送付されてきてしまいました。
Aさんのご遺族は、適正な判断をしていないとして、処分に納得できないとする主張のもと、公害健康被害補償不服審査会に審査請求の手続きをされました。
「腹膜中皮腫でない」とした環境再生保全機構の主張
独立行政法人環境再生保全機構は、医学的判定を申し出た環境大臣(実際の審査は「中央環境審議会環境保健部会石綿健康被害判定小委員会」)から、次の理由があったとしています。
・当初、①細胞所見における形態的特徴の記載が不十分であること、②中皮腫で陰性となるはずの抗体(腺がん除外に用いる抗体)による免疫染色が実施されていない、ことから申請者に対して免疫染色結果や細胞標本などの提出を求めた。
・追加で提出された細胞標本33枚をもとに、放射線画像なども含めて総合的に判定したが、「中皮腫でない」とした。
・審査分科会や小委員会での計4回の審議を経て、腹膜中皮腫ではなく、腺がんとの判断に至った。病理所見において、細胞所見における個々の異形細胞および出現のパターン、免疫染色の結果としてCEAが陽性、calretininが陰性であったことで腺がんとの意見が支持された。
・放射線画像では、大量の腹水を認め、一部腹膜に肥厚を認めて「悪性腹膜病変」と判断したが、腹膜中皮腫や腺がんなど、その他の原因との鑑別はできなかった。
腹膜中皮腫だとした公害健康被害補償不服審査会の判断
Aさんのご遺族は9月29日付けで審査請求をおこない、それを受けて審査をおこなった公害健康被害補償不服審査会は、請求人に対する結果の通知において「提出された細胞診標本、放射線画像等を含めた資料を総合的に判断した結果、中皮腫ではないと判定されたため。」との記載しかしていない点を行政手続法8条の要請を満たしておらず、石綿健康被害の迅速な救済を図るという法の趣旨にもとるものでもあり、請求人に詳細な理由が告げられるべきであるとの前提に立ちながら、次のような判断をしました。
・診断書では「腹膜悪性中皮腫」とされているが、のちに医師から提出された意見書からCEA染色が染まり、中皮腫だと断定できない状況とのことであるから診断書自体の証拠価値は乏しい。
・死亡診断書でも直接死因として「悪性腹膜中皮腫」となっているが、診断根拠は示されていない。
・細胞診検査報告書からは、ヒアルロン酸値はやや高いが、中皮腫を示唆するとまでは判断できない。CEAとCA19ー9の検査結果報告書において特に後者の数値が高値を示しており、一般的にはすい臓がんや胆嚢がんの際にみられるが、本件において腹膜中皮腫そのものを肯定も否定もすることもできない。
・細胞診標本では、審査において「腹膜中皮腫ではなく、腺がんである可能性が高い」としているが、腹膜中皮腫は完全に否定されていないにもかかわらず、判定結果が「中皮腫でない」と断定されていることに違和感を感じる。
・画像所見では、両側胸部下部後面に胸膜プラークが認められる。
・病理所見では、calretininが陽性となっており、サイトケラチンも陽性であることを考慮すれば、腹膜中皮腫の可能性が高い。
以上を踏まえて、医学的に中皮腫だと診断できないゆえに認定しないことは適当ではなく、救済法上の中皮腫に該当するために認定すべきとしました。また救済法では、請求人側に刑事司法手続きで求められるような高度な立証責任はないとして、指定疾病の可能性が高い場合には、医学的な確定診断はともかく、一定程度の証明をもって認定し、救済を図るのが相当とするべきとしました。
アスベスト救済制度で胸膜中皮腫の判定を否定されたBさんの事案概要
中皮腫と診断された女性(埼玉県草加市)が、独立行政法人環境再生保全機構へ2018年1月29日付で石綿救済制度へ申請したものの、同年10月3日付で環境大臣から「石綿を吸入することにより指定疾病にかかったと認められない」との判定結果が通知されました。
「腹膜中皮腫でない」とした環境再生保全機構の主張
独立行政法人環境再生保全機構は、環境大臣(実際の審査は「中央環境審議会環境保健部会石綿健康被害判定小委員会」)から、以下の理由により「中皮腫と判定できない」とされたとしています。
- 病理組織診断において、悪性所見が不十分。
- 免疫染色結果は中皮腫と矛盾しないが、反応性中皮細胞に染色されているために、胸膜炎が示唆される。
- 放射線の画像所見で、積極的に悪性の腫瘍を示す所見が認められない。
- 胸水が認められるが、それも積極的に中皮腫を示唆する所見が認められない。
胸膜中皮腫だとした公害健康被害補償不服審査会の判断
Bさんは2018年11月26日付で不服を申し立てる審査請求をおこないました。Bさんの基本的な主張は、「最先端のがん研究をしている〇〇センターにて胸膜生検を受け病理診断の結果、胸膜中皮腫と告げられ、抗がん剤治療を受けていることを否定する処分内容であるため」というものです。なお、Bさんは申請にあたって、「実家がアスベストを扱う工務店」であったことを参考情報として申告していました。
公害健康被害補償不服審査会は、まず病理学的診断について、腫瘍細胞の免疫染色でcalretininは陽性、D2-40も陽性、TTF-1は陰性、CEAも陰性だったことから高分化上皮性の胸膜中皮腫が組織学的には考えられるとしました。また、画像所見では積極的に中皮腫を示唆する所見はないものの、病理組織診断で胸膜への浸潤を伴う小結節が散見されるほか、腫瘍性に増殖している細胞は結節として核異型を伴っている。胸膜中皮腫と考えられる腫瘍細胞の免疫染色の結果だとして中皮腫と判定しました。
アスベスト救済制度で胸膜中皮腫の判定を否定されたCさんの事案概要
裁決書によると概要は次のとおりです。
・審査請求人は申請中死亡者の妻。審査請求人は、申請中死亡者が石綿を吸入することにより中皮腫に罹患したとして申請。
・請求人は、審査請求の理由として、「審査請求人の亡夫は、子供の頃に 『○○ 』(注-裁決書では『』内は黒塗り)というアスベスト製品製造工場近くに、長期間居住し、工場敷地内で遊んだことがあった。また、近くに他のアスベスト関連工場も複数あった。石綿にばく露したことは明らかであるため。さらに、肺内の石綿小体数が9313本/g dryであり、石綿ばくろの医学的所見も明らかで あるため。」と主張する。
・これに対し、処分庁は、機構においては、提出された資料を基に適正な手続き及び環境大臣の医学的判定を経て不認定と決定した。
胸膜中皮腫だとした公害健康被害補償不服審査会の判断
公害健康被害補償不服審査会はこの事案について、次のような立場を取ることを裁決書で示しています。
・中皮腫をめぐる医学的判定について、中環審石綿健康被害判定小委員会は、「医学的判定に係る資料に関する留意事項」(平成26年6月24日。 以下「留意事項」という。)の中で中皮腫について以下の考え方を示してい る。「中皮腫とは、漿膜表面に存在する中皮細胞に由来する悪性腫瘍であり、 特異的な症状や検査所見に乏しく、診断困難な疾患である。このため、その診断に当たっては、臨床所見、臨床検査結果だけでなく、病理組織所見に基づく確定診断がなされることが極めて重要である。また。診断に当たっては、疾患頻度が低いこと、画像上特異的な所見を有さないことなどから、いわゆる除外診断だけでなく、病理組織診断において、他疾患との鑑別が適切に行われることが必要である。 したがって、本救済制度の医学的判定においては、病理組織診断の結果なしでは、中皮腫であるかどうかの判定をすることは非常に困難である。 また、組織が採取できない場合には細胞診断の結果を提出することが次善であり、原則としてこれらの病理学的所見なしに中皮腫であると判定する ことはできない。」 この留意事項は、現在の国際的な医学的水準を踏まえた合理的で妥当なものとして、当審査会においても、この考え方に基づいて判断をするが、後に詳述するとおり、本事案は、留意事項にいう「原則としてこれらの病理学的所見なしに中皮腫であると判定することはできない。」ことの例外的な症例と捉えられるものである。
その上で、結論を次のように示しました。
・病理組学的診断では、陽性マーカーは陰性だが、その染色性は十分でなく、また一般に中皮腫であっても一定の割合で陰性を示すことがあるため、中皮腫を直ちに否定できない。HE染色の組織像は骨外性肉腫の所見に相当するが、臓器割面写真の肉眼的所見は、骨外性骨肉腫とは考えがたく、腫瘍は中皮腫の広がり方に非常に近い特徴をもっている。S.Kleboらの論文「Modern Pathology(2008)21,1084-1094」の見解をも勘案し、異型性要素をもった中皮腫の可能性が最も高いと考える。放射線画像診断では、腫瘍は胸膜由来と考えられ、中皮腫の所見と矛盾しない。 当審査会は、以上の診断に加え、石綿への濃厚なばく露歴をも勘案し、中皮腫であると判定する。 よって、中皮腫とは判定できないとして不認定とした原処分を取り消す。
すでに触れたように、中皮腫の病理診断には、専門家のあいだでも判断が分かれるケースがあります。この裁決事案はおそらく、中皮腫の診断を肯定する適切な意見を書いてくれる医師などの支援があったものと考えられます。相談者を頂く方の中には、全体像がわからずに進むべき方向性がわからずにお一人で困っている方も珍しくありません。お心当たりのある方はすぐにご相談をください。
石綿救済制度で不認定となっても、認定の可能性を探る
以上のように千葉県のAさんの事例をみてきましたが、このように中皮腫であるとして申請をしたものの不認定となってしまう事例が散見されます。しかし、今回のAさんの事例や、中皮腫の確定診断がアスベスト救済制度で否定され、公害健康被害補償不服審査会で原処分が取り消された事例などもこれまでにありました。
労災制度でも同様の事例はあります。諦めず、ご相談頂きながら可能性を探ってみましょう。
参考
・環境省 公害健康被害補償不服審査会 平成20年第22号 裁決書