中皮腫とアスベスト労災補償認定【給付編】
公開日:2021年2月10日
このページでは、労災保険制度の給付内容について解説します。 中皮腫の患者さんを含む、アスベスト疾患の患者さんは必ず労災保険制度への請求を検討しましょう。 ページを一読頂ければ、救済給付に比べて、労災制度の給付がどれだけ手厚いものかご理解いただけます。 労災保険ってどんな給付があるの? 石綿救済制度とどこが違うの? こんな疑問について、年間数百件の相談に応じている経験および、弁護士等の法律専門家からも関心が向けられる認定支援を重ねてきた実績・ノウハウから解説します。目次
中皮腫とアスベスト労災補償認定【労災保険制度の給付内容】
アスベスト疾患に関わる労災保険制度には、主に次のような給付があります。療養補償給付(治療費)
療養補償給付では、労災病院や労災指定医療機関において、原則として無料で治療を受けることができます。移送費(通院交通費・宿泊費等)
自宅から通院している病院への自家用車や公共交通機関、タクシーなどの費用を請求できます。 移送費の支給は原則として最寄りの医療機関への通院が対象となりますが、中皮腫の治療については、病気の特殊性から、遠距離にある専門医への通院費も支給されます。これは2005年に、当時の尾辻秀久厚生労働大臣と中皮腫患者との面談によって、現在の弾力的な運用につながっているものです。 例えば、「中皮腫の石綿労災補償における移送費の申請:北海道労働局管内の事案」の事例紹介のように、北海道の中皮腫患者さんが山口県の病院を受診した場合も、関連の交通費・宿泊費が支給されています。ただし、あくまでも個別判断ですので、支給の根拠となる意見書などをあわせて提出しておくことを強くお勧めします。休業補償給付
休業補償給付は、中皮腫などのアスベスト疾患のため働くことができない場合などに支払われる給付です。請求が認められれば、給付基礎日額の8割(休業特別支給金がこのうち2割)が療養している期間に対して支給されます。給付基礎日額は、認定者の勤務先や職種、退職年などから計算されますので、個人で異なりますが、6000円から8000円くらいの幅の方が多いかと思います。 支給の条件は、認定対象疾病に罹患し、「療養のため労働することができず、そのために賃金を受けていないとき」となります。退職している100歳の方でも、労働不能と判断され、労働による収入がない場合は支給の対象となります。 部分的に就労が可能で、一部しか支給されない方は対応策を検討してください。遺族補償給付・葬祭料など
ご遺族(配偶者や一定年齢までの子ども)には、給付基礎日額などをもとに、遺族補償年金や遺族補償一時金が支給されます(遺族補償給付)。この他、葬祭料も支給されます。在学中等のお子さんがいる場合については、労災保険制度における「社会復帰促進事業」の一環として、「労災就学等援護費」が支給されます。中皮腫とアスベスト労災補償認定【救済制度との比較】
上記で解説したように労災制度では、治療費無料の療養補償給付、平均賃金の80%の休業補償給付、通院交通費の支給、遺族補償給付、葬祭料などが支給されます。石綿救済制度よりも充実した内容となっています。下の表は、両制度の代表的な給付を整理・比較したものです。 救済制度では、 ①交通費・宿泊費の実費請求はできません。 ②月あたりの給付も約10万円のみです。労災保険制度の休業補償給付は、多くの場合でその金額を下回ることはありませんし、仮に下回った場合は救済制度へ10万円に満たなかった金額の差額が請求できます。 ③遺族への給付は葬祭料を含めても最大でも約300万円ですが、労災保険制度では、遺族特別支給金だけで300万円が支給され、それに加えて遺族年金ないしは遺族一時金、葬祭料が支給されます。中皮腫とアスベスト労災補償認定【労災制度と救済制度比較の具体例】
例えば、労災保険制度で認定された中皮腫患者Aさんと、救済制度だけ認定されている中皮腫患者Bさんがいるとします。お二人とも、発症日を2020年1月1日としましょう。 労災認定されているAさんは、給付基礎日額が6000円とされ、発症日以降は仕事ができなかったために、その8割の5000円が支給されました。月あたりの休業補償の支給額は約15万円、年間の支給金額は約180万円です。 救済制度だけ認定されているBさん。発症日から毎月、約10万円の給付がされます。年間の支給金額は120万円です。 このように、Aさんの労災保険制度の休業補償給付とBさんの救済制度の給付の比較だけでも、年間で約60万円の差額が生じます。なお、給付基礎日額の6000円は、平均よりも低く仮定しており、1万円以上になる方もいます。そうすると、この差額はさらに広がります。さらに、ここに通院に係る交通費や宿泊費の実費が支給されるか、否かの差も生じます。 話を進めます。 AさんもBさんも残念ながら、2021年12月31日にご他界されるとします。 Bさんのご家族は労災の遺族給付の請求をせずに、救済制度の遺族に係る給付を申請した場合、支給されるのは葬祭料の約20万円と280万円に満たなかった差額給付の約40万円(実際は、医療費の自己負担分も引かれます)です。 Bさんのご家族への給付は、約60万円となります。 一方、Aさんのご遺族は労災保険制度の遺族補償給付を請求・支給され、遺族特別支給金で300万円、葬祭料が約50万円、妻がいるとして給付基礎日額の153日分支給の遺族年金が約92万円/年が支給されます。Aさんのご家族への給付は、約440万円となります。 この場合、遺族給付を受給した初年度だけでも、これだけ大きな差が生じます。そしてAさんのご遺族には、年金の受給権者の妻が存命している限り給付が続きますので、経済的な格差は広がり続けます。中皮腫とアスベスト労災補償認定【労災請求に手遅れはない】
まだ労災請求をされていない方が、ここまでをお読みいただき、「もっと早く手続きしておけばよかった」と思う方もいるかと思いますが、アスベストに関する労災請求は遺族給付の時効も事実上、撤廃されていますので今からでも検討してみてください。 ただし、やはり患者さんが療養中に請求できた方が本人さんのお仕事の内容について具体的な記録も残りますし、日記等の患者さんの仕事や中皮腫の治療に関するメモは時間の経過で廃棄してしまうこともあります。不明な点があればお早めにご相談いただき、手続きを進めていただきたいと思います。 【参考資料】 ・厚生労働省 石綿による疾病の労災認定 ・厚生労働省 労働災害が発生したとき ・厚生労働省 「石綿にさらされる作業に従事していたのでは?」と心配されている方へ ・独立行政法人環境再生保全機構 労災保険給付(労災保険制度) ・独立行政法人環境再生保全機構 アスベスト(石綿)健康被害救済給付の概要この記事の執筆者
事務局 澤田慎一郎 大学在学中からアスベスト被災者・家族と交流。千葉大学人文社会科学研究科(博士前期課程、公共哲学専攻)修士課程終了。大学卒業後、労働組合においてアスベスト被害を含む労災支援活動に従事。現在、全国労働安全衛生センター事務局次長、中皮腫・アスベスト疾患・患者と家族の会全国事務局。元劇団員俳優の労災認定やアスベスト肺がん逆転認定、ゴム手袋タルク石綿労災、バス運転手中皮腫労災の支援など弁護士等の専門家から注目される実績多数。