中皮腫の石綿労災補償における移送費の申請:北海道労働局管内の事案

目次

石綿(アスベスト)労災補償における移送費

労災制度では補償の一つとして移送費(病院への交通費や介助者を含む宿泊費など)が請求できます。2年前までさかのぼって請求できます。救済制度では交通費などの実費請求・支給はされません。中皮腫の治療の選択内容によって、中皮腫の患者さんには遠方の移送費が支給されることがあります。労災認定されている中皮腫の患者さんでも、自家用車・公共交通機関・タクシー利用をしていても請求されていない方もいます。支給されることを知らない方もいます。

北海道で療養中の中皮腫の方で移送費が支給された支給された具体例

今回は、北海道の2人の患者さんが本州の病院を受診した際に、移送費が支給された事例を紹介します。

北海道から兵庫県の病院に通院したケース

2016年12月に北海道の胸膜中皮腫患者さんから相談がありました。その後、年明けすぐに兵庫県の病院へ手術のために通院をしました。

移送費の申請で補償された金額と理由

2017年5月の段階で約20万円(2往復分)にのぼる宿泊費も含めた移送費の支給が札幌中央労働基準監督署で決まりました。この患者の請求に対する支給が決まった主な理由として、①紹介状に基づく通院であったこと、②兵庫の病院の担当医が通院の必要性について意見を述べていたこと、の二点があげられます。

北海道の医療機関における中皮腫手術の症例数

参考までに記せば、この患者さんも請求時の意見書で、「主治医から『手術しないわけではないが症例が少ないために、手術を強く勧めることはできない』との説明を受け、経験のある医療機関として○○病院を紹介されました。当初、あまりにも遠方でしたので、道内で他に病院はないのかを尋ねましたところ、道内では同じような経験の病院しかないとのことでした。主治医の丁寧な説明を聞き、『命に関わる問題』だと認識して○○病院での手術を選択しました。万が一の事態を避けるための最善の選択でした」と述べています。

北海道から山口県の病院に通院したケース

診断がされたばかりで主治医から片肺全摘出の手術を薦められているということでした。のちに、山口宇部医療センターで手術をすることを決めました。その患者さんは2017年1月下旬には入院し、2月には無事に手術を終えました。

中皮腫は完治しないからこそ

6月上旬に退院し、北海道に戻ってきてすぐに自宅から宇部医療センターまでの往復分の移送費を請求しました(労災認定されていなくても、領収書は取っておいてください)。なお、この時点で本人の労災認定はされていました。当時、本人が提出した意見書には、初期に受診した医療機関の医師から「『この病気は難しい。手術も簡単ではない』と言われ、そのような中でもツテがあるということで○○大学病院を紹介されましたが、不安は消えませんでした」と心情が吐露され、宇部医療センターへの通院は「命を預けるという意味では当然の判断だった」と述べています。

労災移送費不認定の通知

9月に入り、移送費の請求に対して札幌東労働基準監督署から不支給通知が届きました。その理由には、「主治医の紹介に基づいて通院した医療機関ではなく、あなたの判断によって通院した医療機関への移送費であるため不支給です」と書かれていました。請求金額にして約9万円でした。この少しあと、同じように北海道から宇部医療センターに通院した別の胸膜中皮腫患者さんの移送費の請求についても同監督署から不支給の通知が届いていました。

中皮腫手術執刀医の意見:悪性胸膜中皮腫手術の豊富な医療機関の成績

不支給となった患者について、宇部医療センターの担当医は、「日本国内には、悪性胸膜中皮腫の適切な外科治療が可能な病院は極めて少なく、宇部医療センターのレベルが日本一とされています。近年は、世界一とも言われています」、「山口宇部医療センターでは、最近の上皮型悪性胸膜中皮腫26例に対する『胸膜外肺全摘術』を含む集学的治療の5年生存率が62%です。治療成績が著しく改善していて、5年生存率:62%は世界一の可能性が高いです」と労働基準監督署の照会に対して意見を述べています。しかし、あくまでも主治医の紹介を得ないで自己の判断で遠方の医療機関へ通院したものであるという理由で不支給と決定されました。

決定に対する申し立て

この理由からすると、移送費が支給されるか否かは、主治医の胸膜中皮腫外科治療についての理解の深さを問わず、紹介状を書いてくれるかどうかの運・不運が決定的な条件になってしまいます。通院した医療機関は違いますが、同じ北海道内の中皮腫患者にこのような形での不平等な扱いがされることに対しての違和感は強かったですし、何よりこのような理由で不支給の通知を受けた本人が非常に憤っておられました。同じ北海道内で不当な扱いをされていると考えている旨を伝え、すぐに審査請求(不支給に対する申し立て)の手続きをしました。

一転、移送費の労災補償が決定

ところが2017年10月中旬になって、本人のもとに労働基準監督署の担当者から、移送費を支給する旨の連絡が入りました。本人だけでなく、介助をした家族の飛行機・新幹線・移動中の宿泊費も含めて支給されました。なお、10月31日に「中皮腫の診療のための通院費の支給に当たって留意すべき事項の徹底について」の事務連絡が厚生労働省からも出されています。

中皮腫患者の石綿労災移送費における厚生労働省の考え方

ここ数年、遠方通院に関して全国的に移送費の不支給事案が出ていました。新たな事務連絡とあわせて、北海道で支給が続いたことを皮切りに、中皮腫患者さんにとっての当たり前の権利でもあり、2005年に当時の尾辻厚生労働大臣が会見で発言した「常識的な範囲で患者さん方の納得なさる病院に行っていただく」という考えの趣旨が、全ての労災認定患者の移送費支給に反映されることを期待しています。

アスベスト補償・救済における移送費の格差

現在でも、それまで聞いたことがない病名を宣告されて、何か最善の治療はないかとセカンドオピニオンも含めて遠方への通院をする患者と家族は少なくありません。労災の受給者に限定せず、救済給付や船員保険の受給者にも療養給付等とは別枠で交通費が支給されるのが、中皮腫患者さんのおかれた現状を鑑みた場合の平等な扱いではないかと思います。

紹介した患者さん以外に北海道・札幌から宇部医療センターに時期を同じくして通院した50代女性の胸膜中皮腫患者さんがいます。お仕事と石綿ばく露の関連性が掴めず、救済制度では認定されていますが労災請求には至っていません。彼女は北海道内の病院で手術の日程が決まっていましたが、宇部医療センターに相談後すぐに、同病院での手術を決めました。経済的なゆとりがそれほどあったわけではない中で、その他の状況も含めて思い切った判断だったと思っています。人によっては、遠方への交通費など10万円前後の支出が難しく納得する医療機関での手術を断念している方もいると想像します。今後も支給実績を積み重ねて、患者さん一人ひとりが納得した治療に向き合えるよう支援していくとともに、抜本的な制度改善をしていきましょう。

過去のものも含めて、自分の交通費などは請求できるのだろうか?と少しでも悩んだ方はすぐにお問い合わせください。全力でサポートします。