座談会「患者と家族が抱える中皮腫との向き合い方」

中皮腫サポートキャラバンin札幌
座談会「患者と家族が抱える中皮腫との向き合い方」
登壇者:右田孝雄、館山亮、田村武裕、福田栄子、西川智

(北海道立道民活動センターかでる2.7・2019年9月8日)

中皮腫患者・家族・遺族のプロフィール

右田:中皮腫患者さんとご家族、ご遺族の方を入れて座談会をしたいと思います。まず、自己紹介をお願いします。

館山:今年の1月に検査入院をして北大に入院して、2月に悪性胸膜中皮腫と診断されて治療中です。手術して片肺を全部取って、放射線治療をして、いま抗がん剤治療をしていて3コース目が終わったところで様子をみている状況です。

田村:札幌市の田村と言います。義理の父が胸膜中皮腫で、ステージ4と言われて、最初にアリムタとシスプラチンの抗がん剤治療をして、今はオプジーボをやっています。経過は順調で、最初の診断から2年半くらい経過しています。

福田:夫が2016年年8月に、咳が続いているということで受診した結果、胸膜中皮腫とわかりました。右肺なんですけど、半分くらい胸水が溜まっていて、先ほど右田さんから話もありましたが、兵庫医科大学で手術をしたんですが、進行が早かったようで2年前に亡くなりました。遺族として患者と家族の会に参加していて、救われる部分もたくさんあります。

西川:稚内市から来ました西川です。私は腹膜中皮腫ですが、最初に地元の病院にかかったときはわからずに、しばらく様子を見まして、それから市内の総合病院に行ってCTを撮ってみたらお腹に無数にがんがあることがわかりました。札幌の病院に行ったときは、「あなたは、あと3ヶ月です」と言われて、あきらめきれず大阪の病院に行きましたら、「抗がん剤が効けばなんとかなるではないか」と言われて、今年の1月7日に手術をして大腸と小腸を3分の2くらい取って、脾臓と胆嚢も取りました。その後、アブラキサンという抗がん剤をやりましたが、今は休薬中です。

中皮腫になって何を悩んだか

右田:みなさん中皮腫になって、一番悩んだことは何ですか?色々あると思うのですが。

館山:悩みというか、治療が次から次へと、手術が終わって放射線をして抗がん剤治療をしてという流れが辛すぎて、悩みというか、主治医にも問い合わせて何か良い方法がないか聞いたりはしました。治療が悩みというか。中皮腫と診断されて、「がんではないな」と軽く考えていたのですが、大変な病気だと知った時には悩みました。

田村:うちは確定診断というか、中皮腫と診断されるまでに半年以上かかりました。最初はご飯が喉を通らない状態でしたので、胃腸科などにも行って何ともないと言われて、次に耳鼻科に行ってレントゲンを撮った時に水が溜まっていたのでわかったのですが、先生もなかなか知識がないのかなということも感じました。

福田:夫が抗がん剤治療を始めたときに、食欲がない、食べたくない、薬の副作用で便秘になって、それらをいつも訴えられるんです。息苦しいというもの、それほど酷くはなかったんですが、いつも酸素の値を測ったりしていたのですが、こちらからすると大丈夫じゃないかと思う数値でも、本人は「息苦しいんだ」と。当人でなければわからない部分もあるのですが、私も仕事をしながらだったので仕事中に病院に連れて行って欲しいと電話が掛かってきたときに「もう少し我慢できない?」と聞くと、「自分のことじゃないからそういう風に言えるんだろう」みたいなやりとりがあったりしました。振り返って見ると、息苦しさとかつらさは本人しかわからないことなので、やはり本人に寄り添ってみてあげればよかったという後悔はあります。

西川:いま42歳で仕事をしていて、妻と子ども3人いるんです。腹膜中皮腫になって入院してからの6ヶ月間は収入が無いんです。家のことをすべて妻に任せなければならなくて、残す家族のことについてはかなり悩みました。病気の最中には地震の関係で停電があって、「これは俺死ねないな」とか考えて(笑)。何か自分に非があってなった病気ではないから、残される家族のことを少しは保障してくれる制度にして頂きたいと考えています。

右田:館山さんもご家族いるので心配ですよね。

館山:金銭面でもそうですし、働けないというのが大変なので。いま43歳なので。

右田:西川さんとほぼ同じ年齢ですよね。そういった若い方でも労災を認められても、給付額が低い方もいますし、労災にならない方は救済給付でやっているので経済的な部分では一緒に頑張っているご家族も大変ですよね。治療の痛みについても、患者さんは患者さんで辛い思いをしていますけど、そばでみているご家族さんはどのように声をかけたら良いのだろうかという悩みもありますよね。色んな患者さんと接する中で、「患者が一番しんどいんかな?いや、そうじゃないよね」って思っているんですけど。うちの父親も、先に死なれたら困るとぼやいていましたけど、残される家族というか、そういう部分も気になりますよね。福田さんは先ほど後悔しているという話がありましたが。

中皮腫治療(抗がん剤等)で症状が出てきた際の家族との向き合い方

福田:病気のつらさをわかってあげられていなかった部分もあって、自分の仕事の関係で急に帰るというのもあって「もう少し待って」と言ったり、そのあたりが後悔というか。経済的なところでは最初、救済給付を受給していましたが、労災の方はすごく難しいような印象がありました。のちに、会の方にご相談してスムーズに労災認定されたので、今は労災の遺族年金を受給して生活できている面はありがたいです。

右田:労災も救済制度も受給していない中皮腫の患者さんは3割くらいいるんですよね。お医者さんや病院から何の説明も受けていませんという方もいるんですよね。韓国だと、制度上、お医者さんが国に申告する義務になっていて、国から患者さんに制度が通知されることになっているんです。館山さんや西川さんにお伺いしたいんですが、ご家族に痛みとかしんどさとか、わかって欲しいとか、そういう気持ちはありますか?

館山:病気は本人でしかわからないので、家族が100パーセントわかるかと言えば、そうではないと思うんです。ただ、それに近づけるように努力はしてもらっています。私も結局、支えがないとできない状態ですけど、抗がん剤も2回目からは通院で自宅で過ごしていますが、それが一番つらかった時期ですが、自分はつらいのに家族は普通に生活しているのが歯がゆいんですけど、妻の顔をみると「どうしていいかわからない」っていう顔もしているんですけど、こちらに何かしてもらいたいこともない、というのが歯がゆかったです。

西川:私もシスプラチンとアリムタをしているときが一番身体がきつかったですね。嘔吐して、高熱が出て。そのときに家族の支えがあってありがたかったんですけど、自分は身体がきついだけなんだけれども、家族はみているだけでもつらいんだなっていうのはありましたよね。助けようにも助けられないって、館山さんの言葉を借りればそういう歯がゆさもあったと思うし。本人もそうだけど、家族もつらいんだなっていうのはありましたね。

右田:ご家族として、田村さんはどうですか?

田村:うちの父は職人がたきなので、内側に秘めているものはいっぱいあると思うんですけど、大丈夫だとか痛くないだとかで、気にかけて接することもあるんですけど、間違っていることもあるかもしれないですね。

福田:みてる方もどうしてあげることもできない歯がゆさってありますよね。痛みとか、息苦しさをわかってあげられない。吐き気がするから食べられないって言われても、体力つかないから、免疫力つかないから少しでも食べてという声かけをしたり。本人が一番つらいというのをわかっていながら、少しでも良くなって欲しいという気持ちで「食べて」と言っていたことがもしかしたら苦痛だったりしてたのかな、とは思いました。

右田:患者さんも家族も悩みは一緒だと思うんですよね。お互いのことをわかりたいと思うけど、わからない。患者は結構わがままになります。あれしてほしい、これしてほしいと。でも、ご家族もあれをさせてい、これをしたいと思うけども、普段の生活とも全然違うし、そのあたりの葛藤がありますよね。最近思うのは、お互いの理解かなと。なかなか出来ていない部分もあるんですが。最後になりますけど、他の患者さんやご家族に何かあれば一言お願いします。

中皮腫の患者・家族・遺族として伝えられること

舘山:私も今年の1月に病気を発症して、2月に診断されたばかりなので、私も家族も模索しながら毎日を過ごしているところですが、自分や家族だけで悩んだり、インターネットもありますけど間違った情報もありますので、この場もそうですけどきちっとした情報交換が大切だと思っていますので、こういう機会はどんどん活用して頂きたいと思っています。

田村:インターネットが得意な世代とそうでない世代もあるので、どちらかというと、そうでない世代の方が多いと思うので、キャラバン隊のように各地をまわってもらえるとありがたいことですし、今後もぜひお願いしたいと思っています。

福田:いま患者と家族の会で活動させてもらっていますが、会を知る前はまわりに同じ病気の方がいなかったんです。言ってもわかってもらえない。「何の病気?」みたいなつらさもありました。良い話もあまり出てこない中で、同じ境遇の方と話をすることによって気持ちが分かち合えるというんでしょうか、気持ちが楽になるというと変なんですが、自分だけで悩まずに済んだ面はあります。私にとっては、すごく心の拠りどころです。まだまだ、どうしたらいいんだろうという方もおられると思いますが、相談していただいて、少しでも気持ちを楽にして頂ければと思っています。

西川:何を言って良いかわからないですけど(笑)やっぱり、大変なのは家族だと思うんです。患者なんて、なんてって言い方はあれなんですけど、ただ自分の治療を進めていくだけの頑張りなんですけど、それを支えていく家族がいて、すげー悩みながらサポートしてくれて、大阪の病院を探してくれたり色んなことをやってくれたので、家族の支えは私の中で大切だと思うんです。患者はわがままなんですけど、家族の方には助けて頂ければという思いです。

右田:患者も家族もお互い支えつつ、それでも難しい部分があればキャラバン隊とか、患者と家族の会とかに相談して頂ければ、少しは前向きになって頂けるのではないかと思います。一人で悩まないでほしいと思っています。大阪のある患者さんから、「キャラバン隊いいよね」という声を頂いたんです。なんで良いのかというと、患者が自分の経験をどんどん伝えていく形が良いと。今日、この場に来られなかった方もおられると思いますが、問い合わせ頂ければ、どんどん会いに行きます。こういう形で皆さんとお会いして、交流することが一番の薬というか、自分自身が元気をもらっていると思っています。今後も応援して頂ければと思います。