アスベストばく露による中皮腫の労災裁判(行政訴訟)

公開日:2020年5月6日

中皮腫を発症された方やご家族がこれまでに会社や国に対して賠償を求める裁判を起こしています。アスベスト被害に関する裁判の中には、肺がんなどの事例も含めて労災認定が認められず、その処分の取り消しを求めるものもあります。労災が不支給になっても、認定を断念せず、裁判を通じて認定される可能性があります。

目次

アスベストが原因の中皮腫の労災認定基準の歴史経過

古くは1960年に、英国の産業医学雑誌で発表された医師たちの報告で石綿と中皮腫の関連性が決定的なものとなったとされています。その報告は南アフリカの石綿鉱山周辺で居住経験のある33名の症例を検討したものです。

1964年10月にはNew York Academy of Science主催でアスベストを主題とした初めての国際学会であるBiological Effects of Asbestosが開催され、それまでに蓄積されていたアスベストばく露と発がん性に関する調査研究の更新や新たな疫学調査の結果が示されました。

また、Union Internationalis Contra Cancrumが前年にアスベスト関連のがんに関する国際研究の可能性を検討するplanning Groupを組織していましたが、そこでの活動が母体となってWorking Group会議が月を同じくして開催されています。その後、1972年にはWHOの下部機関であるIARCによるIARC Working Conferenceなども開催されている。

日本では、1973年に中皮腫の症例が報告されており、それらが国内では最初のものとされています。石綿肺がんなどと同様に、1978年になって当時の労働省が「石綿による健康被害に関する専門家会議」の検討を踏まえて、10月23日付で労働省が「石綿曝露作業従事者に発生した疾病の業務上外の認定について」の通達を発出したことで認定基準が設けられました。その後、2003年と2006年に認定基準の改正が図られています。

国際的な石綿疾患の診断の基準を示している「ヘルシンキクライテリア」では、中皮腫について次のように示しています。

「短時間または低レベルの石綿ばく露であっても、中皮腫について職業関連と診断するのに十分であると考えるべき」

井内康輝ほか翻訳監修「石綿、石綿肺、及びがん、診断及び原因判定に関するヘルシンキクライテリア2014年版:勧告(監修者最終統合版)」『産業医学ジャーナル』第39号第5号

中皮腫の患者さんの中には、原因がよくわからないという方がいますが、丁寧な調査によって原因が特定できる事例も決して少なくありません。

アスベストが原因の中皮腫労災をめぐる名古屋東労働基準監督署事件

被災者は愛知県の私立学校の国語教員として34年間勤務していました。1999年に中皮腫と診断され、2001年に他界されました。2006年に名古屋東労働基準監督署に労災請求をしましたが不支給の処分を受け、2011年に遺族が処分の取り消しを求める裁判を提訴しました。被災者が在職中に、中学校校舎の新築工事、管理棟の増築工事など在職中に14回の増改築工事がなされていました。

2016年に一審の名古屋地裁は、石綿ばく露を認定したものの、その期間は8ヶ月だったとして中皮腫の認定基準に満たないとして原告の請求を退けました。2018年に二審の名古屋高裁が、一審同様に8ヶ月間以上の石綿ばく露を認めると同時に、中皮腫の労災認定のあり方そのものに次のような指摘をしています。

・平成18年の労災職業病保険欧州フォーラムで報告された欧州12か国における中皮腫の職業病認定のためのアスベスト粉塵ばく露基準をみると、このうち10か国では、最低ばく露期間の要件が設けられていない(ドイツ、ベルギー、デンマーク、スペイン、イタリア、ノルウェー、スウェーデン及びスイスの8か国では「わずかなばく露でも可」、フランスでは「最低限期間なしで日常的ばく露でも(業務の例示的リスト)」、ポルトガルでは「(業務の例示的リスト)とされている」。)。また、2か国(オーストリア及びフィンランド)では、最低ばく露期間を設定しているが、それは、「few weeks」(「数週間」)というものである。

・イギリスの労災補償制度においては、中皮腫の場合、特定の職業を明示することなく(他の疾患の場合には、より具体的な職業が例示されている。)、「環境一般において通常認められるレベル以上の石綿、石綿粉塵、又はあらゆる石綿混合物への曝露」により中皮腫に罹患した場合、給付対象となる。」とされ、一般環境中の石綿濃度のレベル以上の石綿粉塵にばく露したことを要件としているのみであり、石綿粉塵ばく露期間の要件は設けられていない。

・欧州諸国の状況(中皮腫の労災認定基準において、ばく露期間の要件を設けないか、ばく露期間の要件を設けてもせいぜい「数週間」程度という状況)は、国際的に尊重されているヘルシンキ・クライテリアの(非常に低いレベルのバックグラウンドの環境ばく露は極めて低いリスクをもたらすにすぎないが、短期間又は低レベルの石綿ばく露であっても、中皮腫について職業関連と診断するのに十分である。」)とする見解に符合している。

・ヘルシンキ・クライテリアの趣旨のとおり、中皮腫を発症した者に一般住民の環境性ばく露のレベル(バックグラウンドレベル)を超える職業性ばく露があった場合には、それが短期間又は低レベルのものであっても、他に中皮腫の発症原因が見当たらない限り、当該中皮腫の業務起因性を認めるのが相当である。

・わが国における中皮腫の労災認定において、本認定基準が、厚生労働省本省との協議とするか否かを区切る基準として、「石綿ばく露期間1年以上」を設定したことは、十分な医学的根拠に基づくものということはできず、ばく露期間1年未満の中皮腫を一律に本省との協議とすることに合理性は認められない。

・わが国の中皮腫の労災認定基準において、仮に、厚生労働省との協議とするか否かを区切る基準としてばく露期間の要件を設定する必要があるとしても、それはせいぜい2、3か月程度を限度とするべきであると考えられるし、設定されたばく露期間の要件を満たさないものについても、就労場所におけるばく露状況等を検討することによって、中皮腫の発症に業務起因性を肯定すべきものが存在するというべきである。

司法判決においても、中皮腫が低濃度ばく露で発症すること、現行の中皮腫に関する労災認定基準におけるばく露期間の基準に科学的コンセンサスがないことが指摘されています。なお、この判決に対して国は控訴せずに、判決が確定しています。

中皮腫をめぐる認定環境

中皮腫に関して、労災制度と救済制度の認定者は、これまでに中皮腫に罹患した方の7割程度となっています。ヘルシンキクライテリアでは、職業性ばく露による中皮腫は約8割と指摘されており、現在の両制度の認定割合がそのような示唆に沿っていないことから、本来は労災認定されるべき方が請求をされていないと考えられます。また、中皮腫になった方でも救済制度の申請もされていないケースが多数あることも示唆され、関係機関の抜本的な対策の改善が求められています。

参考

・井内康輝ほか翻訳監修「石綿、石綿肺、及びがん、診断及び原因判定に関するヘルシンキクライテリア2014年版:勧告(監修者最終統合版)」『産業医学ジャーナル』第39号第5号

裁判所 労働事件 裁判例集 平成28(行コ)91 遺族補償給付不支給処分取消請求控訴事件

・中皮腫・じん肺・アスベストセンター編(2009)『アスベスト禍はなぜ広がったのか―日本の石綿産業の歴史と国の関与』日本評論社